南京虐殺について

「南京大虐殺」という呼称は朝日新聞1946年5月10日付記事など戦後すぐから見られるようになり、国会では1971年(昭和46年)7月23日の第66回参議院外務委員会で西村関一により使用された。また「南京虐殺」という表記も一般に使用される場合がある。

日中戦争(当時は支那事変と呼んだ)初期の1937年(昭和12年)に日本軍が中華民国の首都 南京市を占領した際、約2ヶ月にわたって多数の中国軍捕虜、敗残兵、便衣兵及び一般市民を不法に虐殺したとされる事件である。

小学校の教科書では、「日本軍は中国各地を侵略し、多くの生命を奪うなど、中国の人々に大きな被害と苦しみをあたえました」(大阪書籍)の様な内容で「南京大虐殺」を全5社が記述している。

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このページは、rekichiが2012年12月10日 20:50に書いたブログ記事です。

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