古代の日朝関係の最近のブログ記事

古代の日朝関係

[Top] 日本人の来由 稲作のルーツ 騎馬民族征服説 「日本」国になるまで
古代の日朝関係 倭の五王 広開土王碑 白村江(660年以降) 韓国の修正要求

古代の日朝関係について

├ 「三國志」魏書に見る朝鮮・満州と「倭」の関係
『魏志東夷伝』の序文を読み、倭と他地域との関連や、邪馬台国について見ておきます。
├ 紀元前後の新羅と関係した「倭人」の記録
『三国史記』新羅本紀から、新羅の建国に関与した倭人の記録から「倭」を考えてみる

├ 韓国にある前方後円墳について
韓国側の記事です。ちょっと興味深かったので、まとめてみました

├ 中国王朝・朝鮮 3世紀~6世紀末の流れ・概略
└ 唐王室の来歴

├ 日本の鉄の源流

├ 倭と伽揶の関係・状況 / 日本にとって「カラ」は、大いなる意味を持っている
列島の人にとって金官国は、半島への窓口でもあり、身近で大切な異国の意味があった
「カラ」は、加耶・加羅→金官国→韓→唐→外国の意味へと広がりを持つようになった

├ 倭と新羅の関係(主に4―5世紀)
『三国史記』の倭関係記事 /
倭の新羅侵攻 / 新羅の人質外交 / 倭の実体

├ 百済と倭国のつきあい 4~6世紀
日本は百済・伽揶に依頼されて半島に派兵した百済への倭国からの軍事援助
先進文物の見返りとしての派兵 四世紀 / 七支刀・広開土王碑・仏教の伝来

├ 七支刀について
├ 倭が中国から受けた大将軍のリスト
『宋書』(倭国伝)の安東大将軍、「梁書」・「南史」・「南齊書」の鎭東大將軍

└ 倭の「小帝国」意識の芽生えと「質」の意味
百済から送られた「質」の例 397年 / 新羅から送られた「質」 400年頃
倭国と高句麗は、「入質」はあったが、他国に質を出すという事はなかった
『宋書』(倭国伝) 安東大将軍/ 「梁書」・「南史」鎮東大将軍 / 「南齊書」安東大將軍

└ 百済と新羅の「任那の調」/伽揶地域を巡る争奪と、人質・豊璋について

5世紀のこと
├ 渡来人が、列島への来住をした時期や経緯を見てみよう
三度にわたり列島へ渡来してきた理由
第一波(5世紀前半) 応神朝の渡来人の記録について / 王仁の「千字文」の記録について
第二波(5世紀後半) 雄略朝前後の渡来人について

論語と千字文について(『千字文』が成立するのは六世紀)
王仁と阿直岐
├ 五経博士の来日について

├ 日本書紀について
日本書紀の立場 / 日本書紀が引用した国内資料
日本書紀に関わったと思われるメンバー
日本書紀に引用されたと思われる朝鮮・中国の資料
├ 戦前の日本にあった「南鮮経営」説の根拠
追加で、韓国側の「南鮮経営説」批判を含み
├ 韓国側の「南鮮経営説」批判
├ 中国外交部、「任那日本府説」も紹介 朝鮮日報 2004/07/22

├ 日本書紀の存在に疑念を抱く韓国人の投稿
Enjoy japanで、韓国人が日本書紀を偽書だとおもったり疑念を持つ投稿への反論。


├ 新羅王。金春秋(後の武烈王)について 603年~
春秋と文明夫人の結婚(620年)。そして生まれた王が文武王
金春秋の高句麗外交(642年)
金春秋が倭国へ渡った理由(647年)/ 倭国は春秋を人質として認識していた
何故、金春秋は長い間、即位しなかったのか?/ 春秋は新羅王となる(654年)
唐との交渉 (648年)



2005年02月22日より

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