宋書 百済伝の読み

『宋書』百済伝. 百濟國,本與高驪倶在遼東之東千餘里,其後高驪略有遼東,百濟略有遼西。百濟所治,謂之晉平郡晉平縣。 百済国、本は高句麗とともに遼東の東に千余里に在ったが、その後、高句麗が遼東を略有すると、百済は遼西を略有した。

大明2年(458,蓋鹵王4年)に蓋鹵王が王族を含む11人の臣下に爵号を賜ることを請う記事が見える。ここに征虜將軍左賢王余昆とあるが、これがまさに昆支と思われる。

百済王余慶(蓋鹵王)が458年に宋に上表文を提出し、余紀ら11人が将軍の号を授けられているが、その中に征虜将軍の軍号を授けられた余昆という人物がみえる。余昆は百済では左賢王の称号を帯びていた。

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このページは、rekichiが2011年6月 7日 18:54に書いたブログ記事です。

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